大学生何してた?【一色凌編】 | 東進ハイスクール柏校|千葉県

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2021年 2月 2日 大学生何してた?【一色凌編】

 

一色です。テスト期間真っ最中です。テスト期間はあまり面白いことが起こる時期ではないので、他の担任助手のように面白い前置きは書けません。元寇が引き起こした鎌倉幕府の政治姿勢の変化や、「理性」という言葉の哲学史上の起源、「学制」や「学問のすゝめ」に表れる明治期の教育観などについてなら話せるのですが、需要もないでしょう。

2020年何をしていたのかと問われるとなかなか難しい。今まで僕が携わってきたような活動はだいたい縮小や中止を迫られることになりましたから、「何かこれを成し遂げた!」という実感が得られた年とは言えません。

今年の価値は、何かを「アウトプット」できたというよりも、むしろずっと家にいたことによって「インプット」が捗ったことにあるのかもしれません。大学3年目にもなってなにをやっているんだという話ではありますが、どちらかというと今後の研究や教育実践のための”基礎体力”を養うことにこの時期の意味があったように思います。普段やっている教育学だけでなくて、プログラミングとか認知心理学とか人文地理とか哲学史とか法哲学とか?おもしろそうなものについて授業を受けたり本を読んだりしてつまみ食いしたことは、まあ悪くはなかったかな、と。

あとは、前から関わっている大学祭はオンラインでも決行したので、それに向けて仕事をしている時間もまあそこそこあった気がします。まだキャンパスで開催できると思っていた時期はかなりの仕事をしましたし、オンラインになってもまああれこれと準備をしていました。

思うに、高等教育でも中等教育でも、課外活動は教育の重要な要素の一つです。まず、通常の科目の授業では得難い経験が得られます。「文化祭のクラスの演劇で演技ができるようになった」とか「部活でサッカーがうまくなった」とか、それが大学受験や就活で生きるかは別にしても、何か今後の人生を豊かにするものが得られます。というのも、僕は、身振り手振りや話し方など細部に注意を張り巡らせるという経験を文化祭の演劇で積んだことが(といっても高3の8月と9月だけの話ですが)、今でも人前で話すときに生きているような気がしますし、劇で自分に何か別の役割をつけることはそのまま「学園祭運営のリーダー」や「担任助手」などの役割をつけるのと同じであるような気もしています。あとサッカーという巨大なスポーツ・巨大な文化に慣れ親しんだことで、今でもサッカーを見たり自分でやったりするのは好きですし、体を動かすということ自体を抵抗感なく楽しめるようになったので将来にわたる身体的健康がちょっとだけ保障されそうです。

また、人が集まって何かを成し遂げようとするのですから、前述のような具体的なスキルとしてではなく、単に対人スキルというか人々がどのように動くものなのかと言うことについての経験が得られます。「合唱祭の練習でクラスメイトが積極的に参加してくれない」とか「学校行事の委員会で意見がぶつかった」とかの問題をどのように解決することができるのかわかっていると、その後の人生において発生する問題も解決できるかもしれません。

ここで挙げたのはほんのわずかな例ですが、今までの学校での課外活動の中で他にもいろいろなものを得ていると僕自身思っています。

あとは、課外活動はコミュニティ形成の契機であることです。(昔々)僕も所属していた東葛飾高校では、スポーツ祭・合唱祭・文化祭を経て徐々にクラスの仲が深まっていくことを、経験的にみんな知っていました。また今僕がいる東京大学では、入学前の「オリ合宿」や「五月祭」への模擬店出展など、クラス仲を決定づけるいくつかのイベントが行われてきました。それらがなくなることは、そのままコミュニティが脆弱化することを意味します。もう少しかみ砕くと、友達ができないということです。

課外活動がが感染症によっていとも簡単に消し飛んでしまうこと、また学校にはそれを守ろうとするインセンティブがそれほど存在しないということを、2020年に痛感しました。しかしそれでも、学園祭をオンラインで実行するという前代未聞の取り組みなどを通じてなんとか課外活動の命脈を保つことくらいはできたかな、と思っています。

 

自分が通う場所に仲間がいるか、というのは重要なことです。

そこに居場所があると感じられるか。苦しいときに頼れる人がいるか。競い合い高めあう相手がいるか。

東進のグループミーティングも、きっと、そんな仲間を作ることに一つの意味があります。

人と人がつながることにはこんなにも価値があり、かつ難しいことであるということを、思い知る2020年でした。

 

他にもまあいろいろありますが、書いてて疲れてきたのでこれ以上聞きたい人は僕に直接聞いてください。