天才とバカは紙一重ということ | 東進ハイスクール柏校|千葉県

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2013年 7月 25日 天才とバカは紙一重ということ

こんにちは。担任助手の松尾です。今日は僕が自分の思考を整理するためにいつも心がけていることについて書こうと思います。

 

 公共政策学には「inの知識」と「ofの知識」という2つの用語があります。「inの知識」とはいわば辞書的な知識のことです。歴史の知識とかそういうやつです。そして「ofの知識」とはそれら辞書的な知識の「組み合わせ方」の知識のことです。アウトプットの方法論とでも言えば良いのでしょうか。良い政策を作るためにはこれら二つの知識がバランスよく必要とされるのです。歴史に学ばない政治家が良い政策を作れないのは「inの知識」が不足しているから。大量の知識を持った学者が良い政策を作れないのは「ofの知識」が不足しているから。そういうことなのだそうです。

 

 このように知識を2種類に分類する考え方は、実は実生活、とりわけ受験勉強に応用できるのではないかと思います。例えば数学。数学には様々な定理がありますね。ピタゴラスの定理、中線連結定理など。また様々な公式も必要とされると思います。積分の公式とか、因数分解の公式とか。勿論それだけで解ける問題もあります。しかし、難しい問題はなかなかそうもいかないと思います。nCrの公式を見方を変えて使うとか、二項定理を上手く応用するとか、方程式を座標平面に視覚化し、さらにそこに現れた図形の性質に注目するとか、そういうことが要求されるのではないでしょうか。ここでさっきの公共政策学の話を思い出してください。定理とか公式とかは「inの知識」に分類され、難しい問題を解くための方法論は「ofの知識」に分類される気がしてきませんか?これは例えば現代文とかにも当てはまります。基本的な語彙の意味や接続詞の使われ方は「inの知識」、それらが織りなす文章を紐解く方法論が「ofの知識」と解釈できます。歴史だってそうです。単に「○年に○○があった」という知識はinの知識、事項と事項をつなぐ歴史的背景が「ofの知識」とみることが出来ると思います。

 

 こういう分類をすることで、今自分に足りないことが少し見やすくなってくるのではないか、と僕は考えています。ある問題が解けなかったとしましょう。それは「inの知識」が足りなかったからなのか「ofの知識」が足りなかったからなのかによって、そのあと自分が取るべき勉強の方向性が変わってきますね。そして分析が的確にできれば、もっと遠くまで進めます。受験だって軽く飛び越えられるでしょう。

 

 最後に、この「inの知識」と「ofの知識」では、どちらがより重要なのか、疑問に思う方もいると思うので、簡単に言及しておきましょう。答えはズバリ、「inの知識」です。理由は主に二つ。まず、経験に基づいて獲得される「ofの知識」に対して、年をとってからでは「inの知識」の吸収力は衰えること。そして、「ofの知識」が適切に生かされるためには「inの知識」がどうしても燃料として必要になるからです。

 

 再び公共政策学の話に戻りますが、「歴史の誤用」という考え方があります。政策立案の時、寄って立つ歴史すなわち「inの知識」が不適切だとどんなに優れた頭脳を持った政治家でも誤った政策を生み出してしまう、というものです。優れた政治家がなぜ、という疑問はこのようにして解決されるのです。さらにこの話はタイトルにもした「天才とバカは紙一重」という言葉にもつながってきます。天才と謳われるくらいなのだから、さぞかし豊富な「ofの知識」を持っていることでしょう。しかし、彼に適切な「inの知識」を与えなかったならば、彼はその豊富な「ofの知識」を生かし切れないでしょう。そして彼は誤った結論を出し「バカ」のレッテルを貼られるのです。

 

 

 「inの知識」と「ofの知識」という思考の整理法、試してみてはいかがでしょうか?