私の志【一色凌編】 | 東進ハイスクール柏校|千葉県

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2020年 5月 5日 私の志【一色凌編】

こんにちは、僕です。

上の画像が「文科三類3年」ってなってるのミスですね、今度直しておいてもらいます。

 

志の話ですね。これに関してはもう長い間いろんなところでしている話なので、すでにこれらの内容を聞いたことがある人もあるかと思いますが、改めて書きます。

長くなるので心して読んでください。本当はこういう文章は短くて読みやすくするのがセオリーですが、文章を短くしようとするとどこかを誤魔化さないといけなくて、そういうのは嫌なので。自分の役に立つことだけ読みたい人は「4. 結論」までスクロールしてください。

 

目次(いちいちかっこつけた見出しになってますが、ただの趣味で、中身は大したこと書いてません)

0. はじめに

1-1. なぜ教育に興味を持ったか①転校

1-2. なぜ教育に興味を持ったか②革新への可能性

2-1. 志の変遷①官僚という夢

2-2. 志の変遷②認知心理学

3. 志を考えること

4. 結論

 

0. はじめに

僕は教員になりたいと思っています。

 

1-1. なぜ教育に興味を持ったか①転校

僕は小学校の時3回転校しているのですが、所属したそれぞれの学校はどれも非常に特徴的でした。ある学校は海辺の、少子高齢化が進む地域にあった。ある学校は新興住宅街のど真ん中にあった。ある学校では非常に尊敬できる人柄の先生が担任だった。ある学校では1年に担任が2回変わった。ある学校は学力テストのスコアが地域最下位だった。ある学校は僕が転校してきた段階ですでに学級崩壊していた。

いろんな学校でいろんなことがあって、いろんなことを知りました。この先生はクラスを掌握できていない。最近教頭先生がよくいるのはこのクラスが学校で一番荒れてるから。この児童は授業を妨害する問題児。この児童は僕のことが嫌い。この児童と一緒にいるといじめられる。この授業は「自分がこの公式に気づいた」と気づかせる展開を無理やりつくる授業。この授業をまともに聞いている児童は2人だけ。

(さすがにこういうことを学校で口に出したことはほとんどないですよ、なんとなく思ってただけです)

いろんなことを思い出したり(もしくはトラウマのように思い出させられたり)していると、後から気づくこともたくさんあって、いつしか僕は学校を批判的に考える視点を養ってなっていきました。というか、そういう感じにいろんなことを考えて学校社会での立ち回りを工夫しなければ、学校という戦場を生き抜けなかったんですよね。

で、いつの間にか学校への興味は「自分で学校を変えたい」という思いへと昇華していました。学校のいいところも悪いところもたくさん知ってるから、学校に対して「こうすればいいのに」っていろいろな場面で思うのは自然なことでした。

 

1-2. なぜ教育に興味を持ったか②革新への可能性

僕は小~中学生くらいまで、それなりに社会問題などに興味のあるタイプの子どもでした。ただ、いろんな社会問題と、それに対して行われている対策と、それの限界と、をたくさん知っていく中で、「自分に大規模な社会問題を解決する力はない」と思うようになっていました。高校生くらいの時まで僕は「答えが決まり切った問題は解けるがひらめきが足りない」と自己評価しており(今はちょっと違うけど)、自分が何かを解決するためのアイデアを生み出せるとは思っていませんでした。だったら、せめて自分で人を育てて、何かの問題を解決する「アイデア」とか「ひらめき」を持っている人を世に送り出したい。そう考えたのです。

こういった意味で僕は教育の”間接的価値”に着目しましたが、それだけでなく、貧困をはじめとする諸問題の中には教育の拡充が”直接的”解決策になりうるものも多くあろう、そのようにも考え、やはり教育への関心を強めました。でもこの考え方には1つだけ問題があって。

もうかなり前に僕のグループミーティングを巣立っていった、ある東進生がいます。その東進生は国際支援に関心を持っていました。ある日その東進生は僕にこう言いました。「生きるか死ぬかの状況に立たされている子どもたちもたくさんいるのに、なぜ生存に不可欠と必ずしも言えない『教育』にコストを割かなければならないのか」

僕は答えに窮してしまいました。それなりに考えてることはあるけど、まだ納得がいってません。みなさんはどう思いますか?

 

2-1. 志の変遷①官僚という夢

自分で教育に携わることを志した経緯は以上の通りです。しかしながら、志は一度形成されたらそのままずっとその姿で存在するものではなく、当然変動しうるものです。

僕の場合、教員になるよりも文部科学省などに行ったほうが教育に広くかかわって多くのことを変えられるのではないかと思って、高校1年生の後半から高校2年生の前半くらいは官僚になることを真剣に考えていました。東大に行こうと思ったのもこの頃のことです。

しかし、その時期から活発化し始めていた高大接続改革のニュースを真剣に追っていた僕は、そのうち教育行政にうんざりし始めました。

「教育行政なんて、結局カネのある企業とコネのある政治家と予算を組む財務省の意向で全部決まってしまうではないか」とある種の絶望を覚えたのです。国家の政策に関われるだけの権力を得るために空虚な政治ゲームをしてまで多くのものを変えようとするより、目の前の生徒やすぐそこにある学校を変えたほうが最終的に多くのものを変えられる(あとそっちの方が楽しそう)と思い、結局は教員を目指すことにしました。

余談ですが、官僚と教員の間で揺れていた時期に行った安西祐一郎先生と鈴木寛先生の「トップリーダーと学ぶワークショップ」は非常に意義のあるものでした。東進生のみなさんもこういう機会を逃さないようにしてくださいね。

 

2-2. 志の変遷②認知心理学

そんなこんなで、やっぱり教員になりたいなって思いつつ大学に行きました。大学で行きたいコースも入学時に既に決まっていて(入学時に所属学科が決まってないことに疑問を持った人は「東大 進振り」とかでググってください)、学校経営とか教育課程とか生徒指導とかそういうのを研究したいなと思っていました。ただ、先ほども申し上げた通り、志などというものは常に移り変わるものです。

大学で受けた授業で、認知心理学的なアプローチから学力を伸ばすための教育手法を追究している方の話を聞き、実際に研究の中で確立された手法を用いた授業実践の動画を見たことがあります。その時、自分が今まで漠然とやっていた「勉強法」が「学習方略」と呼ばれ学術的な研究の対象となっていることなどを知りました(認知的アプローチについてはここでは語り切れないのでちょっと端折ってます)。また、当時すでに様々な形で教育実践に関わっていた(もちろん東進の担任助手もその一環ですね)僕は、「どうやったら生徒を変えられるのか」という大きな問いにそれなりに苦しめられていましたが、それに対する1つの(あくまでも1つの、ですよ)答えが見えた気がしたのです。それ以来、僕は「生徒を成長させられる環境づくり」だけでなく「生徒の理解を促す授業実践」にも強い関心を寄せるようになりました。

 

3. 志を考えること

以上がざっくりとした僕の「志」に関する経緯です。

ここまで見てきて気づいた人は気づいていると思いますが、僕の志に影響を与えたのは、(自分の中で何か考えたとかそういうのももちろんあるけど)一番大きいのは外部からの刺激です。転校によりいろんな学校を見たとか、大学の講義が面白かった、とか。

話がそれますが、椎名林檎というアーティストがいますよね。椎名林檎さんは自分の原点となった音楽をカバーしたアルバムを出しているのですが、彼女のルーツとなった音楽はきわめて多岐にわたってます。椎名林檎さんは天才なんだけど、その背景には幼少期からとても多様でかつ良質な音楽に囲まれてきたことがあって、そこから得たいろんなアイデアをさらに自分の作品として昇華させられるからこそ、あれだけの音楽を生み出してきたんだと思います(思ってるだけで根拠はないです)

話を戻します。自分で何かをアウトプットするというのは何事も、自分を何か刺激するものがあって、それを自分なりに消化して、自分の中に蓄積していくことから始めなければならない。

僕の場合は、転校とか大学の講義とかから衝撃を受けながら、それを自分なりに解釈することで自分の考えをアップデートしてきました。ただし、自分の考えは周りの影響で無意識にアップデートされた部分が多くて、意識的に周囲の刺激を取り込めるようになったのは最近だけど。

話がまとまらないですね。

 

 

4. 結論

結論としては、「自分の志ってなんだろう?」って思った時は、

①今まで自分の周りや、自分のいる社会にあった、いろんな出来事を思い起こして

②それを「あーでもないこーでもない」と言いながら咀嚼する時間をしばらく過ごす

ことが、遠回りなようで近道だと思っています。

ただし、自分の周りに興味深い刺激がないと思った人は、自分から刺激を探しに行かなければなりません

中学校で職場体験をしたり、高校生がボランティアをしたり、大学生が業界研究とかインターンしたりしてるのはこのような理由によるものだと思っています。

 

長くなったのでこれくらいにしておきます。

余談ですが、昨日ブログを書いた吉野くんの記述と僕の言ってることは重なり合う部分があるので、ぜひ昨日の吉野くんの記事を読みましょう。